慈雲寺山門

最終更新日: 2011年3月28日

  • 所在地 東町中
  • 所有者 白華山慈雲寺
  • 指定 昭和46年6月10日 町・建造物

「信州諏訪白華山慈雲寺略縁起」によればこの山門(鐘楼門)は、村田長左衛門矩(のり)重(しげ)によって安永5年 (1776)8月9日に建立とされているが、同年上棟(じょうとう)し翌安永6年(1777)に完成したと考えられる。別項のやはり村田長左衛門の作である町指定文化財熊野神社本殿や国指定重文下社春宮幣拝殿より2~3年程前にできたことになる。

 山門の正面は桁行(けたゆき)3間(6.55m)、側面は梁行(はりゆき)2間(3.76m)の重層楼門造りで、二層目は吹き通しになって低い勾欄(こうらん)をめぐらし、ここに応安元年(1368)に造られた県宝の梵鐘(ぼんしょう)がかかっている。棟高9.45m、二層目の床面高3.94m。屋根は当初檜皮葺(ひわだぶき)であったと推定されるが、明治36年(1903)銅板葺に改修された。

 正面虹(こう)梁(りょう)の文様の彫りの深いことや、その上に彫られた龍(りゅう)は長左衛門の得意としたもので、その技法がよく現れている。その他唐獅子(からじし)や麒麟(きりん)、獏(ばく)などの彫刻も見事で、簡素ななかにも禅様の趣を感じさせる。

 楼上の正面には「白華山」の額がかけられている。文字は開山の一山一(いっさんいち)寧(ねい)の書と伝えられるが、製作年代は新しいものであろう。

 「慈雲寺略縁起」によれば、安永5年(1776)紀州藩士福田儀左衛門が参勤交代の旅の途中下諏訪で病没し、慈雲寺に懇ろに葬られた。遺族から祠堂(しどう)料として金90両他が寄進され、それによって建立されたという。

 慈雲寺は文化3年(1806)大火にあって本堂・庫裏・宝蔵など殆どの建物が焼失したが、幸にこの山門だけは焼失をまぬがれた。両脇の仁王像は、平成8年(1996)に設置されたものである。

慈雲寺山門

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