諏訪大社の御柱祭

最終更新日: 2011年3月28日

  • 所在地 岡谷市・諏訪市・茅野市・下諏訪町・富士見町・原村
  • 所有者 諏訪大社式年造営御柱大祭保存会
  • 指定 平成6年8月15日 県・無形民俗文化財

 諏訪大社式年造営御柱大祭は上社の本宮と前宮、下社春宮と秋宮で申(さる)・寅(とら)年の 7年目ごとに行われている。奥山から樅(もみ)の大木を伐(き)り出し諏訪地方3市2町1村の大勢の氏子達が社頭まで曳(ひ)いて、それぞれ社殿四隅に建てることと、御宝殿の建て替え遷座の儀から成っている。これを大社側では「御柱祭(みはしらさい)」と呼んでいる。

 鎌倉時代の記録は社殿や鳥居・板塀にいたるまで、すべての建物が式年造営の対象であったが、今では御宝殿の建て替えだけである。御柱の曳行(えいこう)は山出し・里曳き・建御柱と氏子の奉仕によって行われる。その規模の雄大さと、行事の豪壮さで全国に知られている。上社と下社とはその細部については若干の相違がある。

御柱の伐採
下社では東俣(ひがしまた)国有林の樅の木を御柱年(おんはしらどし)の 3年前に仮見立て、前々年に本見立てをして御柱を選び、前年には古式に従って伐採される。上社では御小屋神社々有林から前年に見立てをし、当年山出し1か月前に同様伐採する。

山出し
 上社では御小屋山から綱置場までに仮搬出し、当年2月15日の抽選式で決まった曳行分担や順序により、4月の上旬に綱置場から宮川安国寺御柱屋敷までの約20Kmを曳行する。御柱の前後に「めどてこ」をつけ、木遣歌(きやりうた)が歌われ本宮一の御柱を先頭に氏子衆が曳き綱に取りつき、かけ声とともに一路御柱道を曳き下る。途中御旅所(おたびしょ)玉川の子之神(ねのかみ)で一夜を過ごし、翌日は長峰の断崖(だんがい)を引き落とす「木落し」があり、ついで宮川の清流の「川越し」で清め、御柱屋敷に曳き揃(そろ)える。下社では、上社の 7日後に行われる。あらかじめ大平(おおだいら)棚木場(たなこば)まで曳き出された御柱は、2月16日奉告祭で確認された氏子の分担で、「綱渡り」が行われるが「めどてこ」はつけない。初日に春宮四・三・秋宮二を曳き出し東俣川の渓谷沿いを曳き下し、途中萩倉下100mの断崖状の急斜面を、御柱にまたがる男達もろとも豪快に曳き落とす「木落し」が行われ、夕刻に曳きつける。二日目秋宮四・春宮一・二・秋宮三・一が曳き出される。このうち三本は木落しを済ませて注連掛まで曳き、秋宮三・一の柱は萩倉上で泊まり、三日目に木落しをして注連掛に曳き揃える。

御柱休め
上・下社ともに山出し終了後里曳きまでの間に古い御柱を撤去する。このことを「御柱休め」という。

里曳き
上社は5月初めに御柱屋敷より曳き出し本宮・前宮の社頭に曳きつける。当日曳行に先立ち御柱迎えの行列(おふね)が出る。行列の先頭が本宮一の綱先に到着すると引き返し本宮へ戻る。下社では上社より 7日後に注連掛から、春宮一から四と順に、ついで秋宮一から四と順番に曳き出す。初日に全部春宮脇を境内へ木落しして、秋宮の御柱は大門下馬橋まで曳きつけ一泊する。二日目秋宮へ三本曳きつける。

建御柱
曳き建てに先立ち御柱の先端を三角錘(すい)状に削る「冠落し(かんむりおと)」が行われる。社殿に向かって右前に一、左前に二、左後方に三、右後方に四とそれぞれ建てられる。一の柱が5丈5尺(16.5m)で以下五尺(1.52m)ずつ短くなっている。下社の場合春宮の御柱は初日に一本建て、二日目に二本が、最終日に一本と秋宮の四本総てが建てられて終了する。

御宝殿の建て替えと遷座祭
上社では本宮の東西宝殿のうち一棟を建て替えるが、下社では春・秋宮の一棟ずつを建て替え、他の一棟はつぎの御柱年に建て替える。御遷座は下社は里引きの前夜深更に、新殿への神霊移御の遷座式が行われる。上社では曳き建て後、6月15日の日中の午(うま)刻(正午)に遷座式が行われている。

御柱祭 木落し

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